CALENDAR
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>
ARCHIVES
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENT
LINKS
CATEGORIES
MOBILE
qrcode
夏のチャレンジ

人生初の夏山縦走単独行。食糧すべて持参の山小屋泊。登山ブログっぽく書いてみますね。


Day1 蓼科山

高速バスの運転手さん、いい人なんだけど。あり得ないが道を間違える。予定より大幅に遅れて登山口に到着。



山小屋に着くのが遅くなると思うと焦った。これが敗因の一つ。

登り始めると下山者が山ほど降りてくる。「登り優先」のマナーをみんな守ってくれるんだけど、そのたびにこっちも早く登ってあげないと、と気を遣って自分のペースで歩けない。これがもう一つの敗因。

「馬返し」「懺悔坂」ってな名の地点を通過。その名の通り、かなり急な勾配。しかもザックの重さは11Kg。へばってしまった。疲労を通り越して、頭痛と吐き気。

やっと下山客がいなくなってほっとしたらガスってくる。何も見えない。また焦った。これがもう一つの敗因。



今から思うときちんとベルトを確認したりする余裕なく登ってた。これがさらなる敗因。岩場になり、ザックの重みで左右に振られ重心のバランスを保つのが難しくて、ひやっとする瞬間が何度もあった。いったいいつまで続くの、もうだめだ、と思った頃やっと山小屋が見えた。

山小屋のご主人にあいさつし、荷物を置いて頂上まで行って戻ってきたら突然豪雨。

「よかったね、降る前に着いて。ラッキーだねえ。」

と感心される。うん、いい方に考えよっと。

人生初の山小屋泊まりは貸し切りでした。客はワタシだけ。ご主人はわたしのルート計画を聞き、ここはこうした方が、とか、このルートよりこっちが面白い、とか、いろいろご提案いただき、翌日、出発の際もずうっと玄関で見送っていてくれました。うれしかった。全行程2h15m。


Day2 蓼科山〜大河原峠〜双子池〜亀甲池〜北横岳

朝から雨。雨の中この岩場をしかも下るのか、と思っただけで憂鬱に。慎重。だけを考える。岩場が終わったときにはバンザイしました。

その後はずっと雨の森と苔と池。




神秘ですね。




しかもそんなにきつい高低差がない。

亀甲池からは荒れた登山道をひたすら登る。昨日の直登とは違い、まいていくので、果てしなく長い。木々に囲まれているので眺望がなく、森の中をひたすら彷徨う感覚。ようやくごうごうと風の音が近づいて稜線が近い予感。北横にでる。しかしあたり全部雲。眺望は無し。残念。山小屋で雨具を乾かしてたら薪ストーブどんどんたいてくれた。おかげさまで一晩で乾いた。濡れたもの身につけるのってつらいもん。助かりました。全行程7h30m。


Day3 北横岳〜縞枯山〜茶臼山〜丸山〜高見石

朝焼け。準備運動がてら北横まで行ってきてごらん、と山小屋のご主人に言われ行ってみる。雲海。生まれて初めて見た。美しい!



だがその後すぐしとしと雨降り出す。



縞枯、茶臼、どちらも展望台があるが素通り。だってどうせ何にも見えないもん。でも、朝陽が当たって基本的に雨ってきのこには最高のコンディションなんですよね。だんだん登山からきのこ探しにシフトしてくる。



おかげでペースが相当のろくなる。

でも、雨の中黙々とただ歩くより、きのこ探しながらの方が、宝探しみたいでテンションは上がる。

あぶらしめじと編み笠茸を見つけお昼のインスタントそばに投入。うまい!

午後だんだん天気は回復。



夜は降るような星。明日は期待できそう。全行程7h30m。


Day4 高見石〜白駒池〜ニュウ〜中山峠〜黒百合平

晴れてる!早朝、岩場をちょこっと登ってご来光を見る。また雲海。池は雲を全て映そうとがんばってる。美しい。



この頃から膝がけっこう来てる感あり。一日目にやってしまったのだがどんどん痛みが増してくる。そのかわりザックの食料が減り、まあ背負ってやってもいいわ、くらいの重さになった。(とはいえ最終的に帰宅後に家で計ったら7Kg)

この日はとにかくのんびり行く、をメインテーマにした。

白駒池からまたもや森の荒れた登山道。



昨日もさんざん歩いたよ、こういうとこ。と、ぼやきたくなった。ルートがわかりにくく、戻ったり大回りしたり、を繰り返す。ムダに歩くと疲労が増す。



そのうちなんか風の音がするぞ、と思ったら。ぱっと森が消えドラマティックに稜線。感動した。





人生でいちばん美味しいシーフードヌードルだった。



昼過ぎには黒百合に着き、山小屋でビール。この日、団体さんがやってきて、山小屋は大混雑。話に聞いたことのある知らない人と肩を並べて寝る状況を体験。こういうとき自炊だと好きな場所で静かに食べられるからいいな。全行程6h。


Day5 黒百合平〜東天狗〜西天狗〜中山峠〜渋ノ湯

天狗までずっと稜線を歩く。



眺めがいいな。森の中を歩くのとはまた違う。稜線歩きの気持ちよさってこれなんだな、と納得。



どんどん眺望が変化し、



晴れてた山が一転して怖い顔したり、



稜線は何もかもが激しい。

帰りはきのこにうつつを抜かしすぎ、遅くなってしまった。



温泉で4日ぶりにお風呂に入り、インスタントとレトルトとフリーズドライ以外のものを口にして、超幸福でした。全行程9h。(遅い!)


山登りって、一つ一つの局面で丁寧に対処する。これに尽きるのかも。どんなときにもベストを尽くす。まあこれでいいか、とか、ちょっぴり手抜き、とか、そういう態度に出ると必ずよくない結果をもたらす。それはもうクリアに。

山に登ると人生のいろんなこと考える、という方々もいるようですが、ワタシは何も考えないな。お腹空いた、そろそろお昼?とか、この花なに?とか、この岩は右から登る、それとも?とか。その場その場のことしか考えない。暗くなると眠り、夜が明けると歩く。

山が好きかどうかもわからない。どうして足が棒になるまで歩いて喜んでるんだろう。わからない。


わからないことばかりの五日間でしたが、楽しかった!それでいいじゃん。

| OUTDOOR | 00:07 | comments(14) | trackbacks(0) | pookmark |
じゃじゃん!
みなさま、やっとお知らせできる日が来ました。

新譜リリース!
『True Love Songs』です!
ここ見てね。
http://www.tomokotane.com


思えば去年の今ごろから本格的に曲作りに突入していました。

『Uh Baby Baby』を作ったあと、ワタシの心に常にあったものはポップスの切り札のイメージ。
ハートのエースでもジョーカーでもいいの。ダイヤの9とかでもいいの。何でもいいの。
出すべきタイミングで出すべきカードを出せば、それが切り札になるんだよ。

と、『Uh Baby Baby』がワタシに教えてくれた気がする。

そんな切り札を集めたアルバムを作りたい、と願いながら歩きだしました。
まず、『Uh Baby Baby』を一緒に作った人たちに、もう一度種ともこと一緒に歩いてください、とお願いしました。
みな、こころよく一緒に歩いてくれました。このことにまず、どんなに感謝してもしきれません。

それからツアーにも行って、いろんな街を歩きました。荷物が重くて、連日の演奏で腱鞘炎ギリギリの状態だったこともありましたが、ピアノ弾いて歌う日々がワタシのポップスのイメージにきらりと光を投げてくれました。
そのことにも感謝したいです。

そこからむくむくと生まれました、今回のアルバム。
ホントのラブソング。切り札になれるラブソング。集めました。

ラブソング、足りてる?
種ともこは大声でこう言いますよ。
「足りてないってば!だから今持ってくから!」
どうか、10月16日に受けとってくださいな。

ところで、これ、今気づいたんだけど。「恋愛3部作第2弾」ってコピー、外間隆史氏がつけてくれたんだけど、聞いてないけど、3部作なの!?
ってことは第3弾作れっていう無言の圧力なのか?外間氏、そうなんですかっ!?
| INFO | 10:28 | comments(8) | trackbacks(0) | pookmark |
赤いお皿とチキン

ワタシは子供の頃、足が悪くて何度か入院した。毎回長期の入院になった。

入院してないときは定期的に病院に通った。再発してるかどうかをチェックするためだった。

再発が確認されると、次の入院時期の相談になった。

そのたびにお医者さんも家族もため息をついた。


入院が決まると母は私を買い物に連れて行った。まずデパートに行き、いつもなら絶対買ってくれないような値段の高い可愛いパジャマを買ってくれた。それからワタシが大好きだったイノブン(京都の雑貨屋さん)に行き、どれでもスキなお皿を選びなさい、買ってあげる、ただし割れないようなプラスチックの、と言った。


ワタシは迷いに迷って、真っ赤の無地のお皿を選んだ。

「これでいいの?柄が入ってなくていいの?」

と母は念を押した。でもワタシはそのシンプルなお皿が気に入った。

ところで、このお皿は何のためなのか。

「入院したら朝ご飯を作ってあげるから、それを入れるの。」と母は言った。


今は違うのだろうか。その頃私が入院していた総合病院の考え方として、給食の予算の6割は胃腸など、食物に気を遣わなくてはならない患者さんの給食にあてられた。次が高齢者、咀嚼に問題がある患者さん、幼児、その他内臓疾患の患者さん、外来食堂、の順。

何でも食べていい外科病棟のみなさんは安くて面倒くさくないもので食べといて、お願い、という空気がありありと見て取れた。段取り上もおかゆなどは温度が大切で作るタイミングが重要なので、まずはどうでもいい外科病棟の給食から作り始める。


晩ご飯なんか午後三時にはもう病棟内のワゴンに置かれていた。それを午後六時に配るのだ。お汁も煮物もご飯もすべて冷え切っている。麺類はのびきっている。それを冷たいまま食べた。小さな炊事室が病棟にあって、そこのガスコンロが3分でいくらかお金がかかるのだが、歩ける人でそのお金を惜しまない人は小鍋に移してそこで温め直して食べていた。レンジとかはその頃はなかった。朝食は前日に作っておいた目玉焼き、前日からワゴンに入っていてぬるい牛乳と溶けて形が崩れたマーガリン、そしてパン、だった。


事故って入院してきたある若者は閉口して「食事がひでー!早く治して娑婆に戻りてー!」と切実に話していた。

婦長さんは

「そうそう、ここのご飯にはそういう効果もあるのよ。治りたくなるもんね、これじゃ。」

と笑っていた。


母はワタシが冷えた食事をしなければいけないことをとても悲しがっていた。一日にせめて一食はできたてのものを食べさせてやりたいと言っていた。(ワタシは実はそれほど気にしてなかった。子供ってそんなもんだよね。)

そこで、母はワタシが入院している間、自分も付き添いで泊まり、朝食を作ってくれた。その後家に戻り家事をし、夕食を片付けるとまた病院に戻って来て寝た。

大変な苦労だったと思う。


そして朝ご飯に作ってくれたのがチキンソテー。

鶏肉に塩胡椒し、フライパンで両面をかりっと焼いて、水を加え、ふたをして蒸し煮する。よく火が通ったら千切りキャベツの横に置き、フライパンの肉汁を回しかけ、櫛形レモンを添える。

真っ赤なお皿にレモンの黄色、キャベツの淡い黄緑、そしてきつね色のお肉。とても美しい彩りだった。このお皿にしてよかった、と思った。


チキンソテーはワタシの大好物だったが、うちの経済状態からすると普段はなかなか食べられないスペシャル献立だった。

チキンソテーを作った夜は母はフライパンを洗わなかった。鳥の脂が残ったそのフライパンで翌日目玉焼きか炒飯を作った。鶏肉フレーバーの「スペシャル目玉焼き」「スペシャル炒飯」は美味しかった!二回もスペシャルが楽しめて超豪華気分だった。


そのチキンソテーを母は病院で毎日作ってくれた。ワタシも毎日食べても飽きなかった。

毎日朝からスペシャル!入院も悪くないぞ。

チキンソテーを食べてる間は、自分がガラス窓から同じ角度で空をずっと見つめていなければいけない、立って歩くこともできない、普通の子供なら体験しなくてもいい闘病生活を送っている子供だという事実から離脱することができた。

母は一口も自分では食べなかった。

一ヶ月半くらいそんな朝食が続いただろうか。


大きくなり、嗜好も変わり、チキンソテーよりもっと好きな食べ物とかもできて、それはもうスペシャルなものではなくなった。母もあまり作らなくなった。大人になり、ワタシは家で食事しなくなり、そのうちひとり暮らしを始めた。赤いお皿を持ってね。


ある日ひとりでチキンソテーを作ってみた。思ったより簡単なもんだな。うまく焼けた。赤いお皿にのっけた。でも一口食べた途端、入院生活のさまざまな想い出がうわーってよみがえってきて泣いてしまった。

それ以来チキンソテーは二度と作らなかった。お皿も捨てた。


再開したのはわりと最近だ。

鶏もも肉が冷蔵庫にあって、いつもなら照り焼きかトマトソースがけにするところだけど、なんだか、ふとチキンソテーを作ってみようかと思った。

初めて食べたコドモたちが「おいしい!」と、とても喜んだ。

「これスキ!また作って!」

ワタシも今回は食べても泣かなかった。

コドモたちが喜んでくれたうれしさの方が大きかった。病院生活の辛い思い出より母に対する感謝の記憶の方が強くなっていた。


もうお皿は赤じゃないけど、でも彩りはホントにきれい。

そしてもちろんフライパンは洗わないで、次の日の朝には「スペシャル目玉焼き」を作るの。これがまた楽しみなの!

| LIFE | 16:49 | comments(6) | trackbacks(0) | pookmark |
定家葛

 
定家葛がみごとに咲きはじめました。ジャスミンに似た甘い香りが漂います。

ジャスミンのむせるほどの甘い香り、ご存じの方もいらっしゃるかも。

定家葛はそれに比べると、ややおとなしい、控えめな甘さです。花の色は咲き始めは白、日がたつにつれ,レモンから山吹色くらいまで色がゆっくり濃くなります。最後は茶色になり枯れます。それにつれ、香も濃くなり、ある日ふっと消えます。こういう変化も毎日感じられ、楽しいのです。


定家葛は紅葉し散ります。秋には多量に。しかし年を越す葉もあります。そして、秋以外にも常時ちらほら紅葉し、散ります。

写真にも紅くなったり黄色くなったりした葉が映ってます。(写真が下手くそでゴメン)

ですから、花が咲く今時分は、白、黄色、山吹の花に新緑の緑、濃い緑、紅の葉。本当にあでやか。


どんな葉が紅葉するんだろう。

長年眺めてますが,規則性はないようです。何年過ぎても紅葉しない葉もあれば、葉っぱとして生まれてたての若葉マークちゃんがあっというまに散ることも。

プロセスもさまざま。じわじわと黄色、オレンジ、緋色、茶色、と色を変え、フィナーレを迎える葉もあれば、ある日突然しおれて茶色になる葉もあります。元気いっぱいに真っ赤っかになり、あっという間に散ってゆく短命な葉もあります。

長生きも夭逝も,誰が決めることやら、わからないけれど、葉っぱは自分の命を誠実に生きている。太陽の光を浴びることを渾身に願いながら。


さまざまな葉っぱのライフスタイルをつい人の世になぞらえてしまう。自分はどのパターンで生きているのだろう,などと考えてしまう。


定家葛は毒草だとか、花言葉は「依存」だとか、アマノウズメが素っ裸で天の岩戸の前でダンスしたとき身につけてたのはこの花だとか、いらん知識をこのブログ書く前にネットで仕入れてしまいました。そんな側面もあるのね。


この花が大好きなの。この花の隣にベンチを置き、香に包まれながら紅茶を飲んだり、ワインを飲んだりするのにちょうどいい季節がまた訪れました。そのことに感謝したいです。

| GARDENING | 14:59 | comments(6) | trackbacks(0) | pookmark |
母とお散歩
仕事のついでに実家によった。
母と久しぶりに会った。

車いすに乗った母と散歩した。
外出が久しぶりだった母は目に映るものを一所懸命に見つめていた。

35年ほど前、母はワタシの車いすを押してよく散歩に連れて行ってくれた。
その頃ワタシは病気をしていて入院生活を送っていた。凹凸のない病棟の廊下じゃない、がたがた揺れる外の地面の上を、母は頑張って車いすを押してくれた。
あの時、目に映るものが全て新鮮で、そのことにメンションするたび母は笑った。

今回、お返しに母が何か言うたび笑ってあげた。実は何を言ってるかわからなかったけど。そんなことはどうでもいいんだ。

「一緒に散歩してくれてありがと。またしてくれる?」
と聞いたら
「いいよ」
と言ってくれた。
今度はもうちょっと遠出しようね。
| LIFE | 18:56 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
<< | 5/10PAGES | >>